「あの、お願いしたオーナメントは、出来上がっていますでしょうか」
クリスマスイブ、わたしは古めかしい雑貨屋さんのドアをあけた。
11月から頼んである、天使のオーナメントを取りにきたのだ。
「いらっしゃいませ」
誰もいない店内だったけど,ドアを閉めると、奥から一人の老人が顔を見せた。
「もちろんご用意できております。今日がクリスマスですから」
そして近くの棚から手のひらサイズの天使を取り出し、わたしに差し出した。
「こちらでよろしいでしょうか」
ブロンドのくるくるっとした髪に、真っ白な布をまとった体。
手にとってみると、素材のやわらかさが伝わってきた。背中の羽はふわふわだ。
いつも見ている駅前の大手ショッピングビルのものとは、ぜんぜん違っていた。
「すごい……」
世界にひとつしかないっていう感じがする。
「どうです? "本物"の羽のできばえは」
ご主人が冗談っぽく笑う。
「本当にすてき」
「そうでしょう。うつくしく透き通った、きれいなものでしょう」
「どうされたんですか? もしかして,鳥の羽……ですか? ほら、よく鳩がいる神社やお寺にふわふわって舞っている,あんな感じ」
近くにそういう神社があるので,ついついなんだかはずかしいことをいってしまった。
もちろんご主人はそれを否定する。
「高級羽毛とか?」
「いえいえ」
「あ、あれですか。赤い羽根を白くしたもの。そんな感じもします」
「まさか」
「ですよね」
わたしはちょっと苦笑い。
ばかなことをいってしまったと、今さらながら反省。
もう一度ご主人は、同じ言葉を繰り返した。
「本当に,天使の羽なんです」
軽く笑って流そうとしたけれど、羽の素材が気になった。
そりゃあ,いろいろな技術が発展している現代なのだから,そんなのどうにでもなるけれど。
「これ、そんなに値段高くないですよ。むしろ安いくらい……」
わたしがよく行くデパートのものより、これはずっと下。
信じられないくらい。
「あたりまえです。天使は自分の羽をお金で売りはしません。人間とは違い、お金なんて必要ないのですから」
と、ご主人はにっこり。
一瞬わたしは言葉を失ってしまった。どう返していいのかわからない。
あまりにもまじめで,うそをいっているようには見えなかった。
「すみません,わたしのために」
「あ,いいえ,あやまらないでください。わたくしが変なことをいってしまっただけですから。
羽については,企業秘密なんです」
企業秘密。困ったことがあればすぐにでも使えるこの言葉。
だけど、この人がいうとなんだか納得させられてしまう。
一番ふさわしい言葉というか、なんというか……。
いったん会話がやむと,ご主人はそっとわたしに聞いてきた。
「そういえば、どうしてこんなご注文を? [“本物”の天使]だなんて」
「……」
その答えは、一番大事にしているモノ。
「あっ・・・・・・それは,その・・・・・・」
"本物の天使",なんてバカみたい。
"本物"はわたしが口にしたものだった。
「すみませんねえ,こんなこと。無理にっていうわけではありませんから。プライベートは誰にだってあります」
わたしが"本物の"なんていったから,ご主人が"本物"っていうことを大切にしてくれたのだ。
だからわたしは、決めた。
「いえ、お話します」
「こんなにすてきなものを作ってくださったのですから、話さなければなりません。
代金だけでは足りない気がしますし。……実はわたし、昨年のクリスマス,天使を見ちゃったんですよ。
でもあれは、見たっていえるのかな。
一人暮らしをしていたんですけど、そのクリスマスも一人で過ごしていました。
一人っていうのはなんか落ち着かなくて、それにさびしくなっちゃって、わたし、外に出たんです。
行き先は駅前の、大きなクリスマスツリーの下。
カップルが多くて気になったんですけれど、ツリーの光を見ていたら,なんだか心が温かくなってきました。
そこで心の中で、"ありがとう"っていったんです。
そしたら,一枚の羽がわたしの鼻先にとまったんですよ。
真っ白い羽が。
降ってきた方を見ると、そこには天使がいました。
天使はただわたしにほほえむと,すっと消えてしまいました。
一瞬の出来事で見間違いかなって思って,目をこすってもう一度確認しました。
でもそこにあったのは、やっぱりただの天使のオーナメントだったんですけどね。……笑っちゃいました?」
まじめに語ってしまったことを少し後悔しながら,わたしは下を向く。だけど,ご主人はご機嫌な声でいった。
「すてきなお話でしたよ。もしかしてお嬢さん,結婚なされました?」
え?
「ずいぶんうれしそうな顔してますよ」
顔の温度が一気に上昇した。
このご主人は、すべてお見通しなのだろうか。
あたっていた。
わたしはそっと顔を上げていった。
「よくおわかりになりましたね。今年は、いっしょにいてくれる人がいるんです……」
「それはよかった」
「ええ」
軽く頭を下げると,わたしは言葉を続ける。
「今考えると,あのときの天使が、わたしの願いをかなえてくれのかなって思うんです。
だって,たださびしかっただけですよ。
独り身の人なんて,この世にいくらでもいるのに。
あの天使は,きっと多くの人を幸せにしていったのかもしれません。
今日のこれはそのお礼なんです。
本当は,わたしがぜんぶ作らなければ意味がないんですけれど。
……どうも時間がとれなくて。あ,そうそう」
持っていたバックの中に手を入れると、わたしはあるものを取り出した。
「これ,さっきお話した,天使の羽です」
あの日の羽は,折れないようにそっとチャックのついた透明なビニールの袋にいれ、
さらにハンカチに包んで大切に保管しておいたのだ。
その袋から取り出し,わたしはご主人に渡した。
「おや,これはすばらしいですね。真っ白で,やわらかい」
「今夜あのクリスマスツリーの下に行き,夫とメリークリスマスをして,
こっそりこのオーナメントを飾ってこようと思うんです。
あの天使にお礼を,と。"本物の",なんて注文をしたのは,天使に見つけてもらいたかったからでにあるんです」
ここまで自分の思いを語るのはおかしいだろうか。
友だちにもこの話をしたことがある。
もちろんその友だちはただ笑っているだけだった。
ばかみたいなのはわたしにだって百も承知だ。
けれど,このご主人は聞いてくれると思った。話してもいいと思った。
「おやさしい方ですね。その天使はきっと,あなたのぬくもりを見つけてくれるでしょうな。あたたかいお話,どうもありがとうございました」
「いいえ,こちらこそ。では,そろそろ失礼します。本当にありがとうございました」
わたしはドアを開けた。
外には,いつのまにか雪がちらついていた。
***あとがき***
とある番組でクリスマスドラマ用のラジオ脚本を募集していました。
この作品は,そのために書いた脚本を、小説に書き下ろしたものです。
クリスマスといったら聖なる夜。
聖なる夜といったら“奇跡”! これしかありません。
できるなら本物の天使を最後に登場させたかったんですが,できませんでした。
「実は店のご主人が天使だった」
とか。
最後まで読んでくださり,ありがとうございます。
2003年12月10日
***後日談***
12月21日、某ラジオでそのラジオドラマの結果発表がありました。
残念ながらこの作品は採用されませんでしたが、一次審査に通過したということで、名前だけ読んでいただくことができました。
選んでくださったスタッフの皆様、どうもありがとうございました。
2003年12月28日 卯月未衣名