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公園の守り人(1)




“公園を管理している人”っていう感じじゃなさそうですね。 
 そもそも,今わたしとお話している方は,人間ではありません。
 ここは真夜中の公園。
 小さな明かりの下には,さまざまな遊具が見えます。
 ブランコ,鉄棒,滑り台,ジャングルジム……


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『管理人さんは,付喪神って信じます?』
 二本の電灯が薄暗く光る公園に,かすかな声が響く。
 声といってもそれはわたしの頭の中にこだまするもので、“音”としての存在はない。

「付喪神? 物にも魂が宿るっていうあれ?」
 わたしはちょっとだけ,わくわくしていた。


 なぜなら、おしゃべり相手が公園のジャングルジムだから。
 四角い透明の箱が何個も重なっているような、あのジャングルジム。
 まさか、本当に話ができるとは思ってもみない。


 ジャングルジムの名前は“杉山”さん。彼を作ったのが杉山っていう人らしい。
 ちなみに杉山さんを“彼”と表現しているのは,声のトーンや感じからであって,男とか女の概念はないと思う。


「信じるかって聞かれても、現実に“モノ”としゃべっちゃってるわけだしねえ」


 論より証拠をつきだされているから。“神”ではないけど,何らかの意味を持っているにちがいない。
 

 それに、こういう奇妙な体験はもう慣れっこだったから……。
 

 どうしてわたしがこんな真夜中,寂しがりやな女の子みたく独り言のようにジャングルジムと会話をしているかというと,これがわたしの習慣というか,決まりごと? のようなものだから。
 別に話を聞き回っているわけじゃないけど,今までに夜盗人さん,火星語翻訳者さん、影職人さん,魂回収人さん,雲のデザイン家さん,さくらメール受取人さんと話をしてきた。
 ほとんどは人間じゃなくて、わたしとは住む世界が違う。
 でも、うち二人はわたしと同じ人間(一般人ってわけじゃないけど)。
 その一人火星語翻訳者さんは火星にお友だちがいるし、もう一人の人間、さくらメール受取人さんはさくらと話す能力を持っている。
 過去の詳しいことは過去の記録ノートを参照ということで。


 とにかく,わたしはこんな人たちとつながりを持っていた。


***


『ぼくね、付喪神っぽいんですよ』


 彼はいう。
 付喪神とは、長い年月を経て自我を持ったもの。生き物じゃなくても,魂が宿ったってやつらしい。


「築何年だっけ?」


 明かりに照らされた彼は,全体が空色になっているけど、ところどころペンキがはがれていて茶色いさびた鉄がむき出しになっている。
 きっと,ペンキがはがれたところに雨が降ったのだろう。


『ぼく,気が付いたら意思を持っていたんですよね。ついさっき生まれたというわけじゃないのに。百年生きているってこともないんです。正確なことはいえないけど,ほんの数十年くらいだから。ふと目を開けたら,ここにいたっていう感じで』
 ゆっくりとした,彼の息遣いが聞こえる。確かに,彼は今ここで生きている。


 それから一息入れると、彼はまた話を続けた。
『こんな姿はぼくだけじゃないんだけど,こういう存在ってどう思います? なんでなったのかなあ』


 どうっていわれても……。
 わたしは少し,考える。


「とにかく,魂が宿ったことには変わりはないようだけど」


 しーんとなった公園,ジャングルジムの声は不思議なほど鳴り響く。


『乗ってみません?』


 ジャングルジムに上れっていうことなんだろう。
 彼は急に,わたしにすすめてきた。


「いいの?」
 公園で遊ぶことなんて,もうないと思ってた。
 わたしは19歳で20歳の一歩手前。
 この年でブランコはあっても,ジャングルジムは考えたこともない。
『恥ずかしがらなくてもいいよ,誰も見てないし,平気平気』


 ちょっと迷ったけど,上がってみることにした。


 縦の金棒に両手をかけ、右足を一番下の段にかけ、一気に体を引き上げる。それから、はしごを上るようにして一番上までいった。久しぶりに高いところから下を眺める。

『気持ちいいでしょ』
「うん、最高」

 初めは,どうってことないだろうという高さに足をすくませたけど,なれればいいものだ。
 心地よい風が,わたしのほおをなでる。
 隣の桜の木が,さわさわとゆれている。
 小学校4年生以来だと思う。

 わたしはそのまま、仰向けにねころんだ。昔よくやっていたポーズ。
 背中がごつごつしたり、へたすりゃ落ちそうだったけど、わたしはこの感覚が好きなんだ。
 完璧ってわけじゃないけど、けっこういい感じ。
 目の前には,星々が瞬いている。
 そのきらめきが耳に入ってきそうなくらい、星たちはわいわいしていた。
 今日はちょうど新月のようで,月は見当たらない。
 星たちが元気なのは,そのせいかもしれない。
 

「いつも,何人くらいくるの?」
『多いときで10人くらい』

 10人か……。
「少ないんだよね」
『あたりまえです。昔はもっといました』

 杉山さんは不機嫌そうに口を開く。
 でもわたしは、10人という数字に驚いてしまった。
 最近この公園で遊ぶ人をあまり見かけないから。
 だけど,昔はもっといたんだよね。
 さすが,少子化。
 ここはマンションに囲まれているけど,遊ぶ子どもの数は完璧に低い。
 休みの日だって,人がいるところを見るのは珍しい。
 公園がなくなるってことはないだろうけど,必要性があるのかないのか,ときどきわからなくなる。 


「この公園のたて直しがあなたの使命だったりして。だから命が生まれたのかも」


『そんなことないよ。ぼくにはなんの力もない』
 魂が抜けたような声。
『だから、神様が命をくれたんじゃないの? ……たぶん、だけど』


 かれははっとしたような感じ。
 

『でもどうやれっていうのさ,ここにいるだけのぼくに』


 それをいわれること困る。
 先は考えてないから。
 しかし無視はできない。
 わたしは、適当な言葉を並べる。


「ビラを配るとか,もっといい遊び場を作るとか……。わたしの好きなお話にね,そういうのがあるの。公園じゃなくて神社なんだけど,そこの二匹の狛犬がこつこつとお賽銭集めしているんだ」

『お金集め? そんなことできっこないよ』 
 まあ、それは現実的ではないけど。


「ちょっといってみただけ。わかってるよ」


 わたしは苦笑い。ジャングルジムにはできないだろう。


「人を集めればいいんじゃないかなあ。客寄せってことで、動けるのを利用して子たちと遊んじゃうとか」
『こわがって逃げそうだけど……』


「こっそりと自分をパワーアップさせるの。一段高くしてみるとか,形をちょこっと変えてみるとか」
 個人的には、そんな遊び場があったら楽しいだろうと思った。
 だって、毎日同じものだったらいつかは飽きてしまうから。
 でも、その方法も無理みたい。すぐに反対された。
 怪談話が起こりそうだってさ。
 確かに、ありえそう。
 相手は子どもだからなあ。


 それに、今こうしてジャングルジムと話していることが誰かに見られでもしたら,わたしは変人扱いされてしまうに決まってる。
 現実にものがしゃべること,動くことは常識の範囲外。
 そんなの,小説やテレビだけの話。
 実際にあっては,気味悪がられるよ。


 魔法使いに見えるマジシャンを受け入れているのは,タネがあるってわかっているから。
 みんな、すごいって思うだけ。
 魔法のように見えるけど、ぜったいトリックがあるんだ。
 でもこれが本物の魔法だったら,その人のこと,みんな怖がるんじゃないかな。
 不思議な力におそれるかもしれない。


 人と違うことを差別するのは、この世界じゃ自然に起こることだし。
 なぜだかわからないけど、肌や目の色,髪の色,そういう小さい違いでいじめなんかが発生したりする。
 みんなと一つ違うだけで仲間はずしにあうのさ。


 静かな声で,彼はいう。


『でもさ,人が少なくなって、子どもたちは楽しんでいってくれるんだよ。きゃっきゃきゃっきゃ笑いながら,ぼくの体をぐるぐる探検してるんだ。ぼくはこうしてたっているだけど,それが楽しくて楽しくて。昔なんか,さっきもいったけど遊んでくれる子が多かったんだよ。今思えば,その子らの元気のパワーがぼくの命の源だとも思っているんだ。もちろん,ぼくだけじゃないけど。周りの滑り台やブランコに鉄棒,あとは砂場。狭いから遊び場はそれだけだけど,みんなみんな笑いがたえなかったなあ』

 彼の顔がどこなのかわからないから,表情はうかがえない。
 だけど,声や雰囲気からはとてもいいものが伝わってくる。
 何年も生きてきた,おばあちゃんやおじいちゃんの話す昔話に似ている。
 

 わたしの考えは違うのかもしれない。
 もしかしたら彼は、公園に人を集めるのが目的じゃないのかも。


「だから,ジャングルジムにも命が生まれたんだ」 
 なんとなくわかったような気がした。


「そういうことだったんだよ。公園に活気を戻そうってわけじゃないんだ」
『……何が?』


「杉山さんが付喪神になった理由。人間ともっともっと遊びたかったんだね」


 子どもたちが毎日飛び回っていてくれたから,同じくらい杉山さんもうれしかったんだ。きっともっともっと,一緒に遊びたいっていう気持ちがどこかにあって,それが知らないところで形を成していったんだ。そしていつのまにか,“生命”ってやつが芽生えていったんだ。
 だから今,こうして話もできる。
 公園の復興(人寄せ)と彼が子どもたちと遊びたいという気持ち。
 一見二つは同じようだけど、微妙に違う。
 

『そりゃあ,遊びたいですよ……。それが,ぼくらの役目ですから』
 わずかに背中から熱が伝わってくる。
 

 なんか,幸せ。
 すごくうれしかった。
「ねえ,“ぼくら”って,ほかにも仲間がいるの? さっきも、“こんな姿はぼくだけじゃない”っていってたよね?」
『ああ,そうそう』
 なにげなく聞いてみると,さらに驚くことが起きた。


『みんなを紹介するのを忘れていました』


 彼がこういった瞬間だった。


 杉山さんの声とともに,地面の振動が流れ込んでくる。
 大地がゆれているのは確かのようだけど,地震とは違う揺れだった。


『みんな、そろそろ動きません?』


 まわりからゴーっていう音が鳴り響く。


「ぅわっ」


 小さな地震がきたみたいに。大地が低い音を立てる。
 寝そべっていたわたしは,バランスを崩して右肩が地面の方へ。
 右肩が落ち,それに伴って体が下に引き込まれる。
 手を伸ばしてどこかにつかまろうとしてみるけれど,落ちるほうが早く。わたしはせまる地面に,目をそむけた。


 落ちる――。


 ジャングルジムから転落だなんてじょうだんじゃない。
 こんなところで倒れるなんて……。
 幼稚園児や小学生じゃあるまいし。
 こんな死に方,いやだよ。


 ……と,そこまで考えて,ふとわたしは気づく。
 地表まで,こんなに長かったっけ?
 なんでこんなに考えることができるの?
 とっくに落ちたはずなのに,なぜわたしは痛みを感じないの?


 おそるおそる目を開けると,目の前にはジャングルジム。
 やっぱりわたしは落ちたらしい。
 わたしはあわてて体を起こす。
 と,手を地面についたそこは,かたい土の上ではなかった。
 やわらかくてざらざら感のある,砂だった。


「砂?」


 気が付くと,わたしは公園の砂場にいた。
 それも砂場のど真ん中。
 なんで砂場? こんな所に砂場なんてあったっけ?
 砂場はブランコの隣でしょ?
 わけがわからずあたふたしていると,


『大丈夫だった?』


と,突然若い女の子の声がした。


 あたりを見回すけど,当然誰もいるわけがない。
 今は深夜だ。
 普通なら、みんな寝静まっているはず。

と,今度は杉山さんの声。


『けがはないようだね』


 知っている声に,わたしはちょっと安心する。

「わたし,落ちたんだよね? 今,だれかいなかった? 別の声が聞こえたと思ったけど」
 

 立ち上がって,わたしはもう一度公園内を見渡す。
 わたしは息をのんだ。
 見慣れた風景は,一変していたから。


「何これ」


 さっきまで止まっていた遊具が,近くで揺れ動いている。微妙に配置が違う。
 ジャングルジムだけではなく,ここにあるすべての遊び場が,生きているようだった。


「まさか……」


 命をもらったのは,杉山さんだけではない?


『そのまさかです』


 杉山さんはいう。
『ここにいるみんなが,ぼくと同じ付喪神になっちゃったんだよ』
「ええ?」


 点呼を取るように,わたしは一つ一つを確認する。
「滑り台,ブランコ,鉄棒,それに……」
 ブランコの横にあるはずの,砂場がないことにわたしは気づく。
 でもすぐに、思い出した。


「そっか、砂場はここだっけ……」


 消えた砂場は、わたしの足元。


「さっきはどうもありがとう。あなたも付喪神さんね?」