雲のデザイン家
わたし、一度でいいから雲の上にのってみたいな。
それができないのなら,触るだけでもいい。
それでもだめなら、うんと近くで見てみたい……。
毎日できるあなたが,うらやましいです。
******
でしょう。うらやましいでしょう。
ぼくは風。
夏を涼しくしたり、洗濯物を乾かす手伝いをしたり、たこを飛ばしたり、風車を回したり、船を動かしたりしているあの風なんだ。
雲はほとんど毎日、ぼくたち風といっしょ。
ぼくらが動くと,同じ方へ雲も移動するんだ。
友だちだよ。
そんなわけで、ぼくらは雲とともに空を駆け、じゃれ回りながら暮らしてる。
とっても楽しい。
でもね、ときどき考えてしまうことがあったんだ。
これでいいのかって。
何か、物足りなかった。
答えがほしかった。
だけど、それはすぐに発見できるものじゃなかったよ。
答えが見つかったのはひょんなことからさ。
芸術家になろうと思った……。
しょっちゅう仲間同士で、雲の隙間をかけっこしたり、雲を運ぶ競争やったりして遊んでいるんだけど、そのとき偶然、ぼくらがかすった雲が、鳥の形になったんだ。
雲がおもしろがって、大声で鳥の鳴きまねしたら、それを見たすずめが驚いちゃってさあ。
ぼくたちはおかしくておかしくて。
面白いことを発見したぼくたちは、もう一度鳥を作ろうと思った。
これがきっかけってやつだね。
だけど、いざ作ってみようとすると、これが意外にむずかしい。
あの時は、何も考えずに、ただ吹いていただけなのにさ。
ここをこうやって……って自分で考えていくと、できないんだよ。
いらだったね、あの時は。
だからよけいにやってやろうって、意地になった。
けど、何度もやってもうまくいかない。
形を少し変えようとやさしく吹いても、形は変わらないし、かといって強く当たりすぎると、くずれてしまう。
細かい作業が苦手だから、一箇所だけに向かって吹き付けることもできない。
このあたりぐあいをどうにかできれば、先に進めるのかな、とかいろいろ考えた。
ほんと、どうしてできたのか不思議だったよ。
誰も覚えてなかったし、やり方なんて知らない。
自分たちで見つけなくちゃいけない。
ぼくたちはもう一度、雲の鳥を見たかった。
雲自身も、鳥になってみたかった。
とにかくがんばった。
がんばるしかなかった。
もう試行錯誤。
研究づくしだよ。
それから繰り返すうちに、だんだんとコツっていうかがわかってきた。
共同作業っていうかさ、ぼくらも小さくなったり大きくなったり、自分自身をコントロールできるようになったんだ。
ちょっとずつ形になってきて、雲といっしょに鳥を驚かすっていう遊びが、はやったよ。
難しかったけど、なれてきたら鳥のほかにも,蝶とか怪獣にも挑戦したなあ。
それでもまともに完成できたのは,一年に数えるほどだったね。
雲の形は保ちにくいから、駄作だらけさ。
だからまだそのときは、遊び感覚でしかなかった。
それを芸術にしようと思ったのは、作り物の鳥を見て、ほめてくれる生き物がいたから。
地上にいた小さな動物。
ふさふさした真っ白な毛があって、四本足で、しっぽがすらっと長くて、“にゃーお”って鳴くんだけど……
あ、つまり猫ってことね。
その猫がさあ、松の木のてっぺんから楽しそうにこういうんだよ。
“もっと作って”って。
そんなこといわれても、空気の温度とか湿度とか,条件が合わないとうまくいかないから,ほいほいできるものじゃない。
でも,完成するまで毎日見てくれてた。
そして、雲の鳥ができあがるとすっごくほめてくれた。
どうしてぼくたちを見ててくれるのかっていうのは、知らないよ。
鳥と仲がいいだとか、めずらしい鳥が好きだったかもしれないけど、猫は鳥を食べる生き物だから,ただ本物と勘違いして、腹いっぱい食いたかっただけかもしれない。
そうするとやはり、食い意地がはっていたのかな。
でもまあ,猫がどう思っていようが関係ない。
ただ見ていてくれる生き物が近くにいるってことだけで、満足だったから。
やりがいがあったんだ。
めちゃめちゃ背中をおされたよ。
ずっとぼくたちのことを見守ってくれててさ、その姿見るとやるぞっていう気になれた。
生きがいっていうのかな。
そしていつのまにか,鳥を驚かすことが、頭から抜けていたよ。
雲自身もね,前までは空の生き物をびっくりさせることしか考えてなくてさ,自分がちがう意味で変われるんだってことに気がつけて,うれしがってた。
ぼくもね,心がうきうきした。
人間の世界には芸術っていう分野の中に、彫刻っていうものがあるでしょ。
話し合ったすえ,ぼくたちはそれをやろうって決めたんだ。
ぼくらの遊び相手でもある,雲をパートナーとしてね。
以上,これが芸術家になろうって思いたったときの話。
全部新しいことだったから、自分のやり方でしかなかったけど、それからはぼくの作れるものが増えてきた。
それにともなって、ぼくらを見てくれる生き物も多くなってきた。
人間もそのうちの一つ。
あの猫とのやりとりってかが知れ渡ったのかな。
その子のご主人も、見始めたんだよ。
それからどんどん、伝わっていったんだね。
人は空を見て笑ってくれた。
それに、ありのままを写す“カメラ”っていうのに、ぼくたちの作品を収めていってくれた。
ぼくらは記憶でしか作品を残せないけど、人間はそれ以外の保存方法を持っている。
そんなすごいものに記録してくれるなんて、ぼくらを認めてくれているって思った。
ぼくの専門はわた雲。
天気のいい日にあらわれる、ふわふわっとした雲との、競演作さ。
昔からの友だから、相性がいいんだ。
やわらかくって、気持ちがいいし。
ただ、形が崩れやすいってことが難だけど。
でもまあ、苦労するほどやりがいってのは感じるんだよ。
できあがったときの喜びを思うと、気合入っちゃう。
上下左右、360度から、さまざまな形を描いていくんだ。
適切な力をこめて。
入れすぎると、形がゆがんじゃうから。
直すのも一苦労だよ。
雲の性質が変わらないように,天気と場所を選ぶっていうのも大事。
作っている途中にじゃまがはいったらぱあになっちゃうでしょ。
晴れの日でも,天気はどう動くかわからない。
常に予知できる感覚も必要。
できあがったときの喜びは、なんていったらいいかわからないくらいの有頂天。
ぼくだけじゃないよ。
雲自身だってそうさ。
みんなに自慢できるから。
人間の女の子が美容院に行ったあとと、同じ感覚だね,これは。
そうそう、ぼくらが活動し始めたころ、別の場所でも似たようなことをやっていたやつもいたんだ。
雲のデザインをするっていうのはいっしょだけど、少しだけちがう芸術。
ぼくらはもともと空にある雲を遣うけど、そいつらは雲から自分で作っちゃうんだってさ。
無から雲を生み出し、それをさらに加工する風と、もともとある雲を作品にする風がいるってことだね。
もしかしたら、まだほかにも別の風がいるかもしれない。
やり方はそれぞれだけど、芸術にするっていう考えは、みんな同じらしい。
それぞれが始めたきっかけは知らないけど、気がつくと空中にはたくさんの芸術家がいたよ。
最初は“まねするな”って思ったけど、あとからちょっとうれしくなってきた。
同じ考えを持った仲間がいるって、最高に幸せだよ。
お互いのことを話すだけで、知らなかった部分が開けるし、情熱やひらめきってのがわいてくる。
ここをこうしていけばもっとよくなるんじゃないかとか、次はあれに挑戦してみようとか、想像するだけでも活気がわいてくるっていうかさ。
別の風と話すのも楽しいよ。
ぼくはね、例えば、山の仲間のところへ行ったりする。
雲がないときや時間があるとき,気が向いたときは、山の仲間の作品を鑑賞するんだ。
高い山の近くだと、わた雲とはちがう性質の雲ってのがあって、見たこともないような形をしているんだよ。
空気も気圧も温度も、ぼくがいる平地とはちがうんだ。
そういうものを使った、山には山特有のやり方ってのがあるんだってさ。
地上の空気を一気に山の上に押し上げて、頂上に持っていくのがその代表的なもの。
そうするとね,山のてっぺんにきれいな雲ができて、その形がかさのようになるんだって。
山のぼうしだね。
それがさっきいった、“雲から自分で作る”ってやつ。
デザインも豊富でさ、二枚重ねとか巻貝模様とか、うろこ模様とかがあるんだ。
二十種類くらいあるんじゃないかな。
これからもっと増やしていくって、意気込んでたよ。
ぼくももっとがんばらなくちゃって思った。
ぼくがいるところで、それはできない。
高い山がないから。
低い山もあるけど、距離や空気の温度、気圧とか、いろいろと条件があっていない。
だけどね、少し改良すれば、その方法を平地でも取り入れられるんじゃないかって思っている。
あとぼく自身も、無から雲を生み出してみようと思っているんだ。
雲の親になるってことさ。
まだぜんぜんやり方はわかってないけど、未知への挑戦だよ。
新しいことって、わくわくするよね。
未開の地って、すばらしい。
そうそう、ほかにもおっきな夢があるんだ。
聞きたい?
じゃあ、特別に教えてあげる。
年に一度、雲のデザインショーっていうのを開くこと。
お客さんは地上や海にいるみんな。
すてきでしょ。
人間や猫、犬、くま、きつね、それに魚たちやイルカ、クジラも。
地上に、川や海、ありとあらゆるところにいる生き物たちを呼ぶんだ。
地面にたくさんしげっている草花とか、木々たちといった植物、生きているものみんな招待しちゃう。
空を全部舞台にしてやるの。
ドリームワールドになるよ、きっと。
******後日談******
それはグットアイディアですねえ。
わたしだって、わくわくしちゃいますよ。
空の雲すべてが意味を持った形をしているなんて、どんな光景なんでしょう。
この世の争いが、一気に消えそうです。
今は三月も中旬。
今回のゲストさんである風のことを調べていると、おもしろいことを発見しました。
風は春を呼ぶことに一役かっているらしいのです(春一番ではなくて)。
“風”という漢字の中には、“虫”がいますよね。
それは“風”という漢字が生まれた起源でもあるそうです。
一海知義さんの『一語の辞典 風』によると,
「風が動けば虫が生まれる→春になって風が吹き出せば虫(蟲の略字)が出てくる」
だそうです。
もちろん、ほかの説もいろいろありますけど、なんだか神秘的でした。
ラストの写真は、雲の鳥。
鳥のデザインって、こんな感じなのでしょうか。
2004年3月22日 卯月未衣名