魂回収人
……ということは、死神さんですか。
大きな鎌を持って、人の命を刈っちゃうっていうあれ。
死神さんの話は、よく読みます。
好きなんですよね。
人気少年漫画のあれとか、電撃文庫のあれとか、クッキーのあれとか。
でもそういう物語の中だと、死神はたいていいいヤツで、人の命を救っちゃうんですよね。
あなたもそういう系ですか?
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いえいえ。
その前に、あたしは死神じゃないよ。
死神は死神。
でもまあ、ある意味“そうだ”っていえるのかも。
生きている人間から、魂を抜き取っているんだから。
あ、でも勘違いしないでね。
確かに、魂を取るってことはその人を死なせちゃうわけです。
だけどね、それにはちゃんとした理由があるの。
脳死のときの臓器移植みたいなものかな。
仕事場は病院の産婦人科。
ほら、望まない子ができちゃって、中絶しちゃうって話聞くでしょ。
あたしはね、その対象となっている胎児の魂をもらっているの。
せっかく命を授かったっていうのに,生まれることなく摘み取られちゃうんだよ。
そんなのってないでしょ。
だから、あたしたちが引き取って、育てようっていうわけ。
生を受けてすぐ殺されちゃうんじゃ、なんのために命を得たって感じじゃない。
少しは人間に生まれてきたことを、楽しまなくちゃ。
まだ亡くなってはいなくとも、生かせるのならそうしたほうがいいでしょ。
それに,悪意があってこういう行為が行われているわけじゃないしさ。
人間にすべはないけど、少しだけ、あたしたちならどうにかできる。
そういう仕事よ。
まあ,中絶寸前の子なら誰でもいいってわけじゃないけど。
“妊娠12週未満”っていう決まりがあるからさ。
人工中絶は妊娠21週まで認められているけれど、12週を過ぎた場合、死産届っていうのが書かれるんだ。
その子が人間界に存在したっていう、あかし。
それがあるってことは,胎児は下界のもの。
そこまでは踏み込めないのよ。
ところで、日本では26秒間に1人の命が誕生するけど、24分に1胎は人工中絶されてるって知ってた?
1時間に約2人。1日になおすと、だいたい60人くらいの胎児がそれにあたるんだって。
うそっぽいけど、ホントらしい。
だから、あたしはこの仕事をしている。
もちろん、すべての魂を回収することはできない。
それってやっぱ不公平だし、ひどいし、目に見えるとこしか見てないって感じだけど、しょうがないの。
世界中を手配することはできないから。
回収された魂は育てます。
ふつうの赤ちゃんを世話しているようだけど、ちがいはいろいろあるのよね。
体がとってもちっこいの。
妊娠11週以下の子だから。
一番大きくたって、10cmもないのよ。
本当に人間の子? っていう感じ。
その子たちは何も食べないし、何も排泄しない。
霊体だから。
ただ、体が大きくなっていくだけ。
ん? 幽霊は成長しないんじゃないのかって?
確かにそうだよ。
でもそれって、死んだ人の場合だけ。
あたしが育てているのは、まだなくなっていないの。
生きているものを取ってきたんだから。
幽霊とはちがう。
鼓動があるの。
生霊なのよ。
成長の速度は、ふつうの人間よりぐっと早いわ。
1年もあれば、10歳くらいに見えるわね。
霊体は、重力からくる空気の重さってのを感じないからかな。
よく知らないけど、本当に早い。
かといって、2年目には20歳ってわけじゃないけどね。
外見が15歳くらいになれば、成長はゆっくりになる。
今のあたしって、20歳くらいに見えるでしょ。
だけど本当は、11歳。
幽体ってホント不思議。
育ててる霊もね、こちらのことというか、そういう知識を知らなくちゃいけないから、最低限の勉強はするの。
まずは言葉を覚えて、それからイメージトレーニング、文字遊び,数遊び……とか。
普通の人の子と同じね。
ちゃんと教える係もいる。
だいたいわかるようになってきたら、外に出て自分でいろいろ学ぶ。
自分がいるところはどういうところか、なぜここにいるか、人間界とどうちがうか。
人がいるところはどんなところなのか。
あとは、生きることとは何か、死とは何かとか、そんな感じ。
この世界の原理がわかったところで、たいていの霊は自分の生き方を探し始める。
その一つが、あたしがやっているようなこと。
自分がどんな運命にあったのかを知るってことも大事だってことよ。
ここに来た経緯とか,身をもって体験すれば別の考えも浮かぶの。
これを知らなかったときは,顔も知らない親を恨んだけど,中には手術したあとで泣き崩れる親もいるんだよね。
それを想うと,自分もただ捨てられたんじゃないのかなって考えたりもできる。
ほかにも、命についていっぱい考えられる。
どうして人は生まれるのか,とか。
この仕事はね、いやならやらなくったっていいのよ。
強制じゃないから。
そこらを彷徨ったり、遊んだりでもいいの。
人間界じゃないから、お金をためる必要もないし、食べなくったって生きていける。
あたしの世界はさ、自分探しっていうか、“生きることとは何か”を探すトコだから。
そうやってあたしたちは暮らして、時期がきたら輪廻転生の軌道に戻り、最終的には別の生き物になるってわけ。
“輪廻転生の軌道”っていうのはね、知っていると思うけど,もう一度この世に還るための道。
生まれ変わりへの道ってわけよ。
何になるかっていうのは運しだいだけど、よっぽどのことがない限り,魂はずっと世界を巡っているの。
だから前世とか来世とか、そういう言葉が生まれたのよね。
もちろん記憶は全部消されちゃうけど、まれに残る人もいるわ。
いくら天命がなさることとはいえ、万とか億に一つは残っちゃうものだから。
それも、“天命”なのかもね。
デジャビュやソウルメイトも,ここからきた言葉。
どのくらい上の世界にいられるのかっていうはね、ちゃんと決められているの。
“永遠にいいよ”なんていったら、たちまち生霊だらけになっちゃうもの。
で、それが12年。
本物の幽霊(死んじゃった人)はちがうようだけど。
つまりあたしも、そろそろ軌道に戻んなくちゃいけないってこと。
近々12歳になるから。
上はいいところなんだけどなあ。
住めば都っていうかさあ。
下界では暮らしたくないんだよね。
ごみは多いし、空気は汚いし、環境は悪いし、犯罪ばっかだし。
それに比べて、あたしんとこは平和。
そんなの一切ないから。
あたしがここにきたのはね、記憶消されちゃう前に、こういう人がいるってことを、伝えておきたかったから。
別に、命がどうのこうのってわけじゃないのよ。
救われた命でも、あたしたちは12年しか生きられない。
……。
このままずっと、霊の形で生きてちゃいけないのかな。
本当の意味で、“生きろ”ってことなのかな。
******後日談******
そうじゃないですか?
いつまでも死んだものと同じ世界にいちゃいけないってことなんです。
前に進みなさいってことですよ、きっと。
って、わたしがいえることでもないですけどね。
魂が救われたとしても,あちらにいられるのは12年だけ。
寿命が決められていないこの世界とは、ぜんぜんちがいます。
生まれつき病を持っている人みたいですね。
上で育った霊さんたちにしてみれば,そこが故郷ともいえる場所で,安心感を得る場所でしょう。
だから、ある期間がたったとこでスパっときられるというのは、すごくつらいんだと思います。
学校を卒業するってことと、同じようにはいかないでしょう。
むずかしいです。
さて、その世界にいられる期間である“12”という数字は、この世界でもよく使われています。
時間も12。暦も12。星座も12。干支も12。
たしか,キリストの弟子も12ではなかったでしょうか。
キリがいいというかなんというか,縁起がいいようです。
こういうこととも関係があるのかな?
ラストの写真は,教会を撮ったもの。
なんとなく、この構図が浮かんだのです。
2004年3月1日 卯月未衣名