Back


影職人




 影を作る人ですね。
 でも、わたしにだって影は作れますよ。
 懐中電灯を持てば、ほら。
 影って、自然にできるものではないのですか?  


******


 人間でも動物でも,植物や小石、ノミでさえ、みんな影を持っています。
 持っているというか、それが“普通”なのです。

 太陽など、光の下にいれば、自然にできます。

 わたしも影を作る一人なわけですが,一つだけ違うところがあります。

 わたしが生み出す影は、光によって生まれるものではないのです。
 つまり、太陽や蛍光灯が作っているものとは違うってことです。


 どういうことかって?


 それはですね、自然にできる影ではない、だけど,見間違うくらいそっくりなもの。

 管理人さんやほかの地球上の生き物の影は、光によって自然にできるでしょ。

 そういう人たちに影をあげても意味がありません。
 妖怪や怪物ではないのだから、影は一つで十分なのです。


 わたしが影を提供するのは,“影を持たないもの”だけなのです。


 影を持たないものたちは、2つに分けることができます。

 一つは、この世に存在を認められていない生き物のこと。
 あなた方の言葉でいう,幽霊とかおばけとか,魂を回収しているといわれている死神といった方々です。
 つまり、一般の人の目では、けっして見ることができないものなのです。
 

 第二に、ふつうの人にも見えるけど、この世に実在しないもの。
 この言葉には矛盾があると思われているでしょうが、矛盾ではありません。
 光で投影されたようなものだと思ってください。
 ホログラフィック、3D立体映像ともいい換えることができます。

 例をあげると、ヴァンパイヤとかドラキュラといった方たちです。
 どうして影がないかっていうと、体の成分というか、細胞が特殊なんです。
 なんてったって、亡き者ですから。


 とにかくこんな人たちが影を必要として、わたしはそのものたちのためのお仕事をしているのです。

 おばけや幽霊はかつて、人間や動物などといった生き物であったわけですし、吸血鬼だって元をたどれば人間です。
 実家を離れて生活している人が故郷をなつかしむように、幽霊だって元いた場所に帰りたいと思うのです。

 誰だって、この世に存在したいって思うことはありましょう。
 人間であったり動物であったり、形はいろいろですが、一度はそう感じるのです。
 再び外に出て、この世のものと接触したいって思うのです。
 寂しいじゃないですか。
 今までずっと過ごしてきた世界と、切り離されちゃったわけですから。


 結局、影を持たないものっていうのは、昔命を持っていたものなのです。


 今までどおり、街中を歩けるようにするためは(この世のものと対等に付き合うには)、 自分の体をその世界に合わせなくてはいけません。
 一番確かなことは“生き返ること”ですが、それはこの世の定理に反しますのでできません。


 逆も通ります。
 この世のものがあちらに合わせれば、それなりの世界を見ることができるのです。
 手っ取り早いものが、死というものです。
 死んでしまえばあの世に行く。ということは、もうご存知ですよね。
 それ以外なら、臨死体験といった方法もあります。
 あと……あれは、なんていいましたっけね、魂だけが抜けるもの。
 そうそう、幽体離脱。そういう方法もあります。


 さてここで、幽霊が元に近い姿に戻る方法を説明いたしましょう。
 念のため確認しておきますが、生き返るのではありません。
 そのまま元に戻るわけでもありません。
 あくまで“近い”形です。

 それを手に入れるには,まず身体を手に入れることからです。
 身体は、それ専門の方が担当されています。
             (※これについては、後々アップ予定の「身体案内人(仮)」にて詳しく)
   
 肉体は、肉体を手に入れるということは、かなり大変なことのようです。
 幽霊に肉体はありません。
 それで提供する人がいるわけですが、その人が体を求める全ての幽霊にそれを与えてしまったら、 世界のバランスが崩れるということはいうまでもありません。
 だから簡単に、というわけにはいかないのです。
 では何をすればいいか。
 
 しかしながら、わたしはそこまでは知りません。
 知っているのは肉体を与えているものだけ。
 まあ、“お金”ではないことは確かですね。
 幽霊にお金は関係ありませんから。


 次です。
 肉体が手に入ると、今度はわたしの出番です。
 例え人間の目にも見える体があったとしても、影はできません。
 なぜかというと、中身はれっきとした幽霊ですから。
 目に見えるものであっても、存在は認められていないんですよ。
 
 影というものは持ち主の真実を映す、いわば鏡のような存在なのです。
 昔話にあるように、キツネやタヌキが人に化けたとしても、影までは変化しません。
 というか、できないんです。
 外見は人の姿をしていても、影は元の動物のままなのです。

 幽霊もドラキュラも、人ではありません。
 もう亡きものであり、この世に存在していないのです。
 だから当然、影は現れません。

 一度死んだものなのですから。
 生きている魂とは違うのです。

 肉体を持っていても、影はできない。
 人間に見えているはずなのに、鏡には映らない。


 影は肉体と同じくらいに大切なものです。
 人間は、[物体がある⇒影ができる]という認識がありますので、影がないものを目撃した時は、さぞかしびっくりするでしょうねえ。
 青空の下に立っているのに、足元にあるものがなければ、絶対に変です。
 せっかくの現世歩きもぱあです。
 だから影が必要なのです。

 シャーペンで字を書こうとしても、芯がなければ文字を書くことができない。
 電子レンジでものを温めようとしても、電気がなければ温めることができない。
 植物を育てようとしても、水や土がなければ育てることができない。

 何かを得ようとしても、一つだけでは実行できないんです。
 それに対する何かが、必ず必要になってくるのです。

 わたしの仕事は、その一つを作ること。
 作業の一つを、手伝っているだけです。

 これは例えば、自動車をつくる過程に似ています。
 タイヤはタイヤ工場でつくり、ボディはその専用のところ。
 いすはいす専門の部門が担当しています。
 もちはもち屋なのです。


 ほかに聞きたいことってあります?


 影の素材?
 それに、どうやって創っているかですって?

 申し訳ありませんね。
 それはお答えしかねます。
 とてもじゃないですが、口ではいいがたいんですよね。

 ……。

 どうしてもですか?
 う〜ん。
 
 ……。
 
 わかりました。
 一つだけお教えしましょう。


 必要なものは、依頼者自身のDNA。


 髪の毛でも爪でも、皮膚でもなんでも。
 どんなに小さくてもよいのです。
 とにかく、体の一部が必要なのです。

 前にもいいましたが、影とは真実を映す鏡のようなもの。
 影をつくるためには、その人自身の情報が、大事な役目を果たしているのです。


 お話はここまで。
 それからどうするかっていうのは、お教えできない決まりになっています。
      (※とはいっても、どこかで明かす日がくるでしょう。[管理人談])



******後日談******


 わたしにもちゃんと影はあります。
 影の形は、もちろんわたし自身。
 実は妖怪でした、ってことはありません。

 影があるって当たりまえのようだけど、それは影職人さんいわく、“持ち主の真実の姿”という意味が込められてのものだそうです。
 ただ、“光があって影ができる”ではないんですね。


 話は変わりますが、わたしは以前、影を盗んだ怪盗のお話を読んだことがあります。
 彼は、高層ビルの影を盗みました。
 以前からあった、周辺住民の不満(日が当たらなくなるから建設を中止しろ、というもの)を取り払ったのです。
 ビルをなくしたわけではなく、本当に影だけを盗んだのです。

 影を作る人もいれば、消すものもいる。
 ちょっと不思議な関係。

 詳しいストーリーをお知りになりたい方は、はやみねかおるさんの『怪盗ピエロ』を読んでみましょう。
 きっと心が温かくなるはず。


 今回のしめは影(絵)。
 影を使えば、芝居もできます。
 あ、でもこれは、ただ光による屈折を楽しんだものですけどね。

    


      2004年2月15日 卯月未衣名