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影職人
影を作る人ですね。
でも、わたしにだって影は作れますよ。
懐中電灯を持てば、ほら。
影って、自然にできるものではないのですか?
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人間でも動物でも,植物や小石、ノミでさえ、みんな影を持っています。
持っているというか、それが“普通”なのです。
太陽など、光の下にいれば、自然にできます。
わたしも影を作る一人なわけですが,一つだけ違うところがあります。
わたしが生み出す影は、光によって生まれるものではないのです。
つまり、太陽や蛍光灯が作っているものとは違うってことです。
どういうことかって?
それはですね、自然にできる影ではない、だけど,見間違うくらいそっくりなもの。
管理人さんやほかの地球上の生き物の影は、光によって自然にできるでしょ。
そういう人たちに影をあげても意味がありません。
妖怪や怪物ではないのだから、影は一つで十分なのです。
わたしが影を提供するのは,“影を持たないもの”だけなのです。
影を持たないものたちは、2つに分けることができます。
一つは、この世に存在を認められていない生き物のこと。
あなた方の言葉でいう,幽霊とかおばけとか,魂を回収しているといわれている死神といった方々です。
つまり、一般の人の目では、けっして見ることができないものなのです。
第二に、ふつうの人にも見えるけど、この世に実在しないもの。
この言葉には矛盾があると思われているでしょうが、矛盾ではありません。
光で投影されたようなものだと思ってください。
ホログラフィック、3D立体映像ともいい換えることができます。
例をあげると、ヴァンパイヤとかドラキュラといった方たちです。
どうして影がないかっていうと、体の成分というか、細胞が特殊なんです。
なんてったって、亡き者ですから。
とにかくこんな人たちが影を必要として、わたしはそのものたちのためのお仕事をしているのです。
おばけや幽霊はかつて、人間や動物などといった生き物であったわけですし、吸血鬼だって元をたどれば人間です。
実家を離れて生活している人が故郷をなつかしむように、幽霊だって元いた場所に帰りたいと思うのです。
誰だって、この世に存在したいって思うことはありましょう。
人間であったり動物であったり、形はいろいろですが、一度はそう感じるのです。
再び外に出て、この世のものと接触したいって思うのです。
寂しいじゃないですか。
今までずっと過ごしてきた世界と、切り離されちゃったわけですから。
結局、影を持たないものっていうのは、昔命を持っていたものなのです。
今までどおり、街中を歩けるようにするためは(この世のものと対等に付き合うには)、 自分の体をその世界に合わせなくてはいけません。
一番確かなことは“生き返ること”ですが、それはこの世の定理に反しますのでできません。
逆も通ります。
この世のものがあちらに合わせれば、それなりの世界を見ることができるのです。
手っ取り早いものが、死というものです。
死んでしまえばあの世に行く。ということは、もうご存知ですよね。
それ以外なら、臨死体験といった方法もあります。
あと……あれは、なんていいましたっけね、魂だけが抜けるもの。
そうそう、幽体離脱。そういう方法もあります。
さてここで、幽霊が元に近い姿に戻る方法を説明いたしましょう。
念のため確認しておきますが、生き返るのではありません。
そのまま元に戻るわけでもありません。
あくまで“近い”形です。
それを手に入れるには,まず身体を手に入れることからです。
身体は、それ専門の方が担当されています。
(※これについては、後々アップ予定の「身体案内人(仮)」にて詳しく)
肉体は、肉体を手に入れるということは、かなり大変なことのようです。
幽霊に肉体はありません。
それで提供する人がいるわけですが、その人が体を求める全ての幽霊にそれを与えてしまったら、 世界のバランスが崩れるということはいうまでもありません。
だから簡単に、というわけにはいかないのです。
では何をすればいいか。
しかしながら、わたしはそこまでは知りません。
知っているのは肉体を与えているものだけ。
まあ、“お金”ではないことは確かですね。
幽霊にお金は関係ありませんから。
次です。
肉体が手に入ると、今度はわたしの出番です。
例え人間の目にも見える体があったとしても、影はできません。
なぜかというと、中身はれっきとした幽霊ですから。
目に見えるものであっても、存在は認められていないんですよ。
影というものは持ち主の真実を映す、いわば鏡のような存在なのです。
昔話にあるように、キツネやタヌキが人に化けたとしても、影までは変化しません。
というか、できないんです。
外見は人の姿をしていても、影は元の動物のままなのです。
幽霊もドラキュラも、人ではありません。
もう亡きものであり、この世に存在していないのです。
だから当然、影は現れません。
一度死んだものなのですから。
生きている魂とは違うのです。
肉体を持っていても、影はできない。
人間に見えているはずなのに、鏡には映らない。
影は肉体と同じくらいに大切なものです。
人間は、[物体がある⇒影ができる]という認識がありますので、影がないものを目撃した時は、さぞかしびっくりするでしょうねえ。
青空の下に立っているのに、足元にあるものがなければ、絶対に変です。
せっかくの現世歩きもぱあです。
だから影が必要なのです。
シャーペンで字を書こうとしても、芯がなければ文字を書くことができない。
電子レンジでものを温めようとしても、電気がなければ温めることができない。
植物を育てようとしても、水や土がなければ育てることができない。
何かを得ようとしても、一つだけでは実行できないんです。
それに対する何かが、必ず必要になってくるのです。
わたしの仕事は、その一つを作ること。
作業の一つを、手伝っているだけです。
これは例えば、自動車をつくる過程に似ています。
タイヤはタイヤ工場でつくり、ボディはその専用のところ。
いすはいす専門の部門が担当しています。
もちはもち屋なのです。
ほかに聞きたいことってあります?
影の素材?
それに、どうやって創っているかですって?
申し訳ありませんね。
それはお答えしかねます。
とてもじゃないですが、口ではいいがたいんですよね。
……。
どうしてもですか?
う〜ん。
……。
わかりました。
一つだけお教えしましょう。
必要なものは、依頼者自身のDNA。
髪の毛でも爪でも、皮膚でもなんでも。
どんなに小さくてもよいのです。
とにかく、体の一部が必要なのです。
前にもいいましたが、影とは真実を映す鏡のようなもの。
影をつくるためには、その人自身の情報が、大事な役目を果たしているのです。
お話はここまで。
それからどうするかっていうのは、お教えできない決まりになっています。
(※とはいっても、どこかで明かす日がくるでしょう。[管理人談])
******後日談******
わたしにもちゃんと影はあります。
影の形は、もちろんわたし自身。
実は妖怪でした、ってことはありません。
影があるって当たりまえのようだけど、それは影職人さんいわく、“持ち主の真実の姿”という意味が込められてのものだそうです。
ただ、“光があって影ができる”ではないんですね。
話は変わりますが、わたしは以前、影を盗んだ怪盗のお話を読んだことがあります。
彼は、高層ビルの影を盗みました。
以前からあった、周辺住民の不満(日が当たらなくなるから建設を中止しろ、というもの)を取り払ったのです。
ビルをなくしたわけではなく、本当に影だけを盗んだのです。
影を作る人もいれば、消すものもいる。
ちょっと不思議な関係。
詳しいストーリーをお知りになりたい方は、はやみねかおるさんの『怪盗ピエロ』を読んでみましょう。
きっと心が温かくなるはず。
今回のしめは影(絵)。
影を使えば、芝居もできます。
あ、でもこれは、ただ光による屈折を楽しんだものですけどね。
2004年2月15日 卯月未衣名