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――4――
翌日目が覚めたわたしは、まっさきにりんごちゃんの目を確かめようと思った。
本人は楽しんでいるかもしれないけど,なんだかいやな事件に巻き込まれそうな気がする。
だって,テレビやマンガ見ていると,たいてい悪の組織と戦うストーリーが用意されているから。
「おはよう」
眠い目をこすりつつ,わたしは起き上がる。
「おはよう。一檎ちゃん」
りんごちゃんはもう起きていて,いすに座りながら鏡で何度も自分の目の色を確かめていた。
「どうなの? その目」
鏡ごしに、わずかに緑色の目が見えた。
まだ元に戻っていないらしい。
きのうはうれしがってたけど、やっぱショックだよね。
でも,振り向いたりんごちゃんは,笑っていた。
「やっぱりあたし,未知の世界に招待されちゃったみたい」
だって。
心配はなさそうだ。
朝から鼻歌歌っているよ。
りんごちゃんが元気なら,わたしはそれでいい。
今は夏休み。
学校はないから、遊ぶ予定がない限り、クラスメイトに会う機会はない。
だけど,現在夏休み中。
学校へは行かなくてもいいけど,小学生の恒例行事、朝のラジオ体操ってのがある。
「どうすんの? その目」
朝の六時。三十分後には近所の公会堂の庭に集まらなくちゃならない。
ひもが付いたカードを首からぶら下げ、毎日ハンコをもらいに行く。
サボったから何、というのはないけど、たて続けに休むわけはいかないだろう。
「カラーコンタクトってことでいいよね……」
わたしはいう。
「うん。いっとくけどね、一檎ちゃんが気にすることないんだからね。あたし、この目気に入っているから」
りんごちゃんは自信満々って感じ。
「夜ベッドの中で何度も考えてみたんだけど,やっぱりこの目,すっごくすてきだよ。かっこいいじゃない。それにあの時、おじいさんいってたもん。
『これを目に通して見ると,違った世界が見えます。実はこれ、魔法の眼なのです。お嬢さんがその運命の場所に行ったとき,きっとすてきな体験をするでしょう』
うそじゃないって。だからあたし,みんなに自慢しちゃうかも。あ,先生にばれたらどうしようもないけど……」
実際,りんごちゃんは本当に自分から、「見てみてって」ってはしゃいでいた。
ラジオ体操が終わってもすぐに帰らず,同じクラスの,エミちゃんと話している。
もちろん、その輪の中にはわたしもいた。
あんまり余計なことまで話されると,担任の先生にまで伝わっちゃうかもしれない。
だから,監視役ってことで。
「この目,すっごいきれいでしょ」
“やめなよ”といっても,おかまいなし。りんごちゃんは自ら緑色の目のことを話していた。
でも,エミちゃんの反応はきのうのお母さんと同じで,“りんごちゃん、何いってるの?”って感じ。
太陽の光により、さらに緑色が引き立っているというのに。
「長くてきれいだよね〜、りんごちゃんのまつげ」
だってさ。
りんごちゃんのテンションがからぶってる。
やっぱり,どこかがおかしい。
わたしの目は正常。これは絶対保障できる。
りんごちゃんがいっていた“おじいさんの話”はうそっぽいけど,緑色の目は現実にあるのだ。
「いいよねえ,りんごちゃん。もとがきれいだから」
「ありがと。でもまだまだ。エミちゃんのほうこそイケてるって」
たしかに,エミちゃんもきれい。
ショートにまとまった髪。透き通ったような白い肌。まったく日に焼けていない。そして真っ白なワンピース。
りんごちゃんは,きのうのお母さんとお父さんの例もあって,そう何度も目のことは訴えなかった。
そして、少しずつ話題を変えていった。
「実はね,せっかくの夏休みなんだし,ちょっとおしゃれすることにしたんだ。ほら,マニキュア変えてみたの」
と,手を見せる。うすい桜色に,ラメが入っているものだった。
わたしは何度も見ているけど、こうやって改めて見るとまた別な感じがして、前よりきれいにきらきらとしていた。
「うわあ……」
エミちゃんの口から,すっと自然な声がもれる。
わたしからも,同じ言葉がもれた。
だって本当に、見てて気持ちよかったから。
ウソじゃない。
「いいなあ,マニキュア。あたしも最近したいって思っているんだ。でもママがいけないって」
エミちゃんのお母さんは厳しい人だ。
寄り道はするなとか,夕方六時という門限があったり,塾があったり、ピアノのおけいこもしたり、いろいろと大変なのだ。
エミちゃんはよく、それを愚痴ったりする。
「マニキュアなんて,夢のまた夢だよ。この前だって,雑誌の付録にピンクのラメ入りのがついてきたんだけど,ママに取り上げられちゃったもん。内緒にしていたのに,亜姫ちゃんのママから雑誌の付録のこと聞いたんだってさ。亜姫ちゃんも同じ雑誌買ってるから。いやだよねえ」
亜姫ちゃんというのは、わたしたちのクラスメート。
少女マンガ好きで,そのあたりはけっこう詳しい。
学校にもいろいろマンガを持ってきてくれて、クラスでまわし読みをしていたりする。
「あたしも一度,りんごちゃんみたいにおしゃれしてみたいよ」
マニキュアは,クラスの女子の半分以上が持っている女の子道具。
わたしはやらないけど,りんごちゃんは透明なものと赤いもの,そして今塗っている桜色の,三色持っている。
学校にしてくるのは禁止。
だから出かけるときにちょっとぬっている。
例のおじいさんと会った日にも,ぬっていた。
「ま,あと少しの辛抱なんだけどね。中学生になったら買ってくれるっていってくれたんだ」
話が暗くなったなあって思ったけど,エミちゃんの顔が突然晴れる。
「ほんとに?」
「うん。ちょっとだけ最近考え直してくれているんだ。中学生になったらいいよって」
エミちゃんはうれしそうだった。
「あとね、おこづかいもアップするから、それで指輪とかのアクセサリーもいっぱい買うんだ」
うきうきしてる。
もちろんわたしもそれを聞いてて楽しい気持ちにはなれたけど、おしゃれ話はどこか苦手。 女の子がきらめくときの一つ、なんだどうけどさ。
りんごちゃんとは顔も体の形も似ているから,“一檎もおしゃれしなよ〜”なんて,クラスメートによくいわれる。
りんごちゃんはクラスで目立っているし、わたしたち双子だから,よけいにね。
個人的には,おしゃれなんて遠い存在。
関係ないって思っている。
まだ小学生だし。
でもたぶん,中学生になっても,高校生になっても、ずっと興味がないだろうなあって。
理由?
そんなのわからない。双子のりんごちゃんはあんなにきらめいているのに,わたしはいたって普通。
もう少し詳しくいうと,なんていったらいいんだろう。
持っている服はりんごちゃんとほとんど同じ。
スカートだってジーパンだって,フリルのついたやつだって。
男らしいってわけじゃないんだよ。 でもそれほど女の子ってわけでもない。 何が違うんだろ。
装飾をしないってことかな。
わたしはマニキュアはしない。ビューラーで目をぱっちり見せることもしない。
髪飾りはしない。ブレスレッドもしない。ネックレスもしない。
りんごちゃんはこれ,みんなやっているけど。
「先帰るね」
エミちゃんとりんごちゃんにそういうと,わたしは自分の家に向かって歩き出す。
りんごちゃんの監視役って思っていたけど、その必要はもうない。
いつもと変わらぬ日常風景になったのだから。
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◎次回◎
自分の両親だけでなく、友だちの目にもりんごちゃんの目の色はわからなかった。
じゃあ、誰ならわかるっていうのだろう。
見えているわたしたちって何なんだろう。
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